北海道の自然を語る上で欠かせないのは湿原である。
この広大な大地には、
多数の肥沃な湿原が広がっていた。
現在では人口200万人を抱える大都市札幌も、
開拓以前は釧路湿原やサロベツ湿原に並ぶ北海道三大湿原の一つであった。
人の手によって開発が進み、利用価値のない湿原は田畑や住宅地に変えられ、
湿原の中を優雅に蛇行していたであろう石狩川は度重なる治水工事で直線に変えられた。
石狩湿原と呼ばれたその湿原は、実に99%が既に消失している。
今では札幌の郊外にある小規模な湿原や、
三日月湖からわずかにかつての痕跡を確認できるのみである。
湿原の消失は札幌圏だけではなく、道内各地で同様に起きている。
春、雪解けが進んだ湿原に、
ひっそりと水芭蕉が咲く。
カメラを構え水芭蕉と対峙するとき、
ありし日の湿原の姿に想いを馳せるとともに、
どれだけ自然破壊が進もうとも人知れず種をつけ毎年花を咲かせる生命のサイクルに、
自然の力強さを感じずにはいられないのである。
北海道の夏を彩る花の代表格はエゾカンゾウだ。
本州では高山帯の花であるが、
北海道では緯度の高さから平地でも普通に見られる。
朝に咲いて夕方には閉じてしまう一日花であるが、その儚さもまた美しい。
カラッとした夏の気候に、
彩りを添えるエゾカンゾウの黄色、
花を揺らす爽やかな風。
またこの風景に会いたくて、
きっと夏は旅に出てしまうんだろう。
北海道の秋は、草紅葉が美しい。
湿原は黄金色に染まり、山岳地帯は低木の紅色が映える。
長い冬を迎える前の、最大の彩りの季節である。
草紅葉も終盤となり雪虫が秋の終わりを告げるころ、
冬がもう間も無くやってくる。
冬。1月から3月の厳寒期、
ロシアからオホーツク海へ、
風に乗って流氷がやってくる。
流氷には植物プランクトンが付着しており、
植物プランクトンを餌とする海洋生物を育む貴重な海の資源である。
オホーツク海は流氷の南限であるため、
この地の流氷は地球温暖化の影響を最も受けやすく、流氷面積は近年減少傾向にある。
いつかきっとこの風景も見られなくなるのだろうが、
それまで可能な限り記録として写真に残しておきたい。
流氷が去り、海に溶けるころ、待ちわびた次の春が来る。
山、川、原野、湿原、海と雄大な自然を擁し、
ヒグマやオオワシ、シマフクロウ、イトウなど大型の野生生物がそこに生きる。
その隣に500万人の人間が住む北海道は、世界的にみても稀有な環境だ。
いかにして自然と共存していくべきか、
それが北海道に住む我々に課されたテーマである。
写真・文章:風景写真家 大谷 景