2019
25
May

偏愛紀行

色んな人に許されて生きてるという事

僕は愛されている。

そう自信を持って言える人って、この世にどれだけいるんだろうか。

私は今、幸せです。

この言葉が嘘偽りもなく本心から口に出てくる事って、あるのかな。

僕は昔から、事あるごとに「人の気持ちを考えろ」「空気が読めない」だのと言われて、その度に、

「こんなに相手の事を考えているのに」

「なぜ僕の思いは伝わらないのだろう」

という、どこまでも自分勝手な発想の元生きてきた。

憤りというものは、積もり積もるほど戻れなくなるものなので、そのまま突き進んでいたら本当に取り返しのつかない事態になっていたに違いない。

そんな僕に気づきを与えてくれたのが、

精神科の先生によるたったひとつの診断。

「ADHDですね。ウチではどの発達障害の方にも傾向があるとしかお伝えしていません。障害はグラデーションですから、明確に線引きできるものではないんです。他には…対策は…」

みたいな、ちょっとしたトークだけで良かった。

今まで「引き寄せの法則」だの、「嫌われない勇気」だの色々な本を読んだし、凄くタメになったけど、自分の中にスッと取り込まれて即座に行動できるようになるには、何よりハートがシッカリとしている時じゃないとダメなんだよね。

僕には精神論でも、自己啓発でもなく、今まで僕が起こしてきたトラブル、事実を説明してくれる何かが必要だったみたいだ。

いまは嘘のように心が軽く、どんな過去にも縛られる事なく生きていける。

前より素直に、謝れるようになった。

前より素直に、

感謝の言葉が口から出るようになった。

今僕は幸せなのかもしれない。

どんな本に書かれたトンデモ論も、ノリノリで実行してやりたい。

相変わらず色々、

忘れ物してる気はするけど。

 

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