2019
12
Sep

偏愛紀行日常

テキトーを愛する男。

テキトーを愛している。

愛してやまない。

僕がピンチに陥った時に救ってくれるのは、僕の中のテキトーな心だけだ。

僕の中の「しっかりしてないとダメだろ」という声をかき消すようにもう1人の僕が、

「人生、テキトー」と大声で叫ぶのだ。

もともとはとっても真面目な青年だったはずの僕。高校一年生の時に何もかもを完璧にしたくて、夏休み前に勉強や私生活の計画を立てていた。

しかし辛かった。自分の思い通りにいくことなんてそもそもが間違いで、僕の家族や友人関係が複雑になればなるほど、スケジュールを立てることも気持ちを整えることも難しくなった。

自分がADHDだと自覚できている今でも、無理なスケジュールを組んで周りを破茶滅茶にしてしまう事がたまにあるのだ。高校生なんて気難しい時期に僕がぶち当たったのは、何よりコントロールのできない自分への苛立ちであり、わがままな自分からの解放であった。

どうしたら周りと同じように、普通の人間として生きていけるのかを考えているうちに、寝癖が目立つようになり、周りの小言がきになるようになった。

昼休みはカーテンに隠れて、アニメを観るようになった。

人は焦れば焦るほど負の連鎖に陥るもので、

周りが見えないなんて言われることが多いが、本当は人一倍周りに目が行くし、耳も良く聞こえる。おかげで集中力が無いだけなのだ。注意力が無いのは、僕のせいじゃない。

遅刻が多くなると、心配よりも先に授業の出席回数の事を心配するクラスを特に恨んだりはしなかった。先生は若手で周りの人間も至って普通だったのが一番問題だった。

頭のおかしいやつだって、授業中は切り替えが出来る人間だったのがただ辛かった。みんな悩みがあっただろうけど、当時の僕にはまるで自分が劣っているような感覚で、毎日努力して普通を保っているような気持ちにさせられていたのだった。

しばらくは不登校が続いた。

数学の授業に出なければ留年しそうだった僕は、6時間目の数学だけは必ず出るようにと言われていた。

僕は数学が一番嫌いだったが、僕はその時の先生の言葉に救われていた気がする。(理解の範疇を超えたものを数式や語呂でなんとかするタイプの教科が嫌いだった。要するに芯まで理解するには、僕の力不足だったというだけだ。)

「お、きちんと受けに来て、えらいぞ!小テスト、惜しかったな!」

いやいや、思いっきり赤点じゃん。どこがえらいんだよ、お世辞はよしてくれよ、と当時は呆れ顔をしていた。でもよく見るとその先生はどの生徒にも同じような態度で接することに関して達人であったのだ。

唯一、なんとなく居心地の良かったという記憶だけが頭に残っている。

そうか、別に出来なくてもいいんだ。

そういえば、生物のテスト結構良かったの忘れてたわ。なんて思ったりしたあたりから、学校にはとりあえずいけるようになった。

僕には出来ない事があるけど、得意なこともある。そう思えるものがどこかにきっとある気がして、自分の好きなものをもう一度探してみることにした。

だからとりあえず、テキトーに生きて、テキトーに学校行っとこう。

そんな感じで、テキトーに生きてたら、1年生が終わってた。

 

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