2019
20
Jun

偏愛紀行

シマフクロウの森

 僕は自然に気づかされる感覚が好きだ。

山に、森に気づかされ、生き物に気づかされていく。

自然は、厳しさの中に優しさがある。

特有の「時の流れ」に僕の方から身を任せて、

僕は足を踏み入れるたびに何かを知る。

なにかムーブメントを起こす必要は必ずしもなくて、いつもその時々のタイミングであちら側から気づきを与えてくれる。

どんなに小さな物事でも、自分が洗練されていけば自ずと見えてくる。この「ナチュラルな出会い」が僕の心を掴んで離さないのだ。

去年の夏、

僕はふと思い立って出向いた地域ー知床で、

ある人と出会って、小一時間話した。

相手はいつもハキハキと話してくれて、キラキラとしたオーラが僕を埋め尽くしてくれた。

僕は彼が撮る写真が好きだ。

彼の写真はそんな元気な姿とは打って変わって躍動的で、暗い一面を持っている。

どこからそんな作品が湧き出てくるか想像がつかないから、つい見てしまうのだ。

僕がiPhoneの待ち受けにしていた彼の写真は「シマフクロウ」と呼ばれる鳥だった。

プライドは全くないので、一目見たい鳥として願掛けのような感じでいつも眺めていたのだ。

ひとしきり話し終わった後、彼は本当に少しだけ、シマフクロウについて話してくれた。

「シマフクロウなら、〇〇川の近くに行けば観られるかもしれませんね」

その言葉の真偽は分からなかったが、思い立ったら即行動のげんごろうは、次の日宿主に自転車を借りて散歩に行くことにした。

イヤホンで友達と電話をしながら、端から端まで林を眺める。この時点でいるわけがないという諦めムードが僕から漂っていたのだが、だんだん乗り気になってきたのでとりあえず川を登ってみることにした。

見晴らしはいいものの道はないので、

人を見かけることはなさそうだ。こんなところ歩いていいのか?と不安になったりしたが、先端部地区ではないから大丈夫。熊にやられる心配はあるけど。(よい子は真似しないように)

そんな時、誰もが期待していなかった願いが叶う時が来る。

夕日が逆光になった時、木々が並んだその影の中に、一際大きく膨らんだトトロのような黒い物体を発見したのだ。

なんと太いマツの木に、シマフクロウが止まっていた。

OLYMPUS OM-D EM1 MK2+100-400 Leica DC | 気だるそうに、眠たそうにこちらを見ていたシマフクロウ。

僕が見つけるずっと前からこちらの存在に気づいていたのだろう。

一旦落ち着いて周りを見た後、クマに警戒しながらオーエムディーの無音シャッターを押し、その場を後にした。

驚きすぎて電話していたことを忘れて無言になってしまい、まさかの出会いに電話越しの友達もビックリしていたけど、こんな素敵な出会いを他人に共有することができる時代でよかった。

写真を見返すたびにあの時の感覚が胸をざわつかせる。

自然と対峙している以上、「確実」という言葉は全くない。その代わり鍛えられるのは、「偶然を作り出す力」。

生き物と出会う時に僕ができることは、可能性を最大限に上げる努力だけ。

シマフクロウはわかりやすいほどに大きな出会いだったけど、知床では以前にもエゾアカヤマアリヤドリコマユバチという、生態が謎に包まれたハチに遭遇している。

いずれもふと気を抜いてしまえば、すぐそばに居ても気づかず通り過ぎてしまうような場所。そんな偶然と、見つけられたという喜びが、僕の人生を楽しませてくれる。

たとえ今日見つけられなくても、何かしらヒントが得られれば、それだけで楽しい。森の中に入った瞬間から、これから起こる可能性を想像して一人で楽しくなれる。さらにいうなら、家で妄想している時間が長ければ長いほどいい。

今その時々が楽しいと思えるかどうかは、全て僕のイマジネーションにかかっている、ということらしい。

どんな風に考えて、

どんな予想をして、

現場でどんな見方をするか。

(僕が勝手に楽しくなってるだけだけど…)

自然は、

イマジネーションに溢れている。

 

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